実行委員会と富山県高岡市、「富山大空襲を語り継ぐ会」は7月30日~8月5日まで、高岡市内で富山大空襲展を開催しました。富山市を中心とした空襲や高岡市伏木地区の機雷投下の実相を、写真や絵の展示を通して紹介しました。
展示は、空襲で用いられた焼夷(しょうい)弾が木造家屋を焼き払うのに適していたことや、富山が朝鮮人も加わった軍需産業都市だったこと、富山市に模擬原爆が投下されたこと、川に逃げた人が集中的に攻撃されたことなどを、火災を模した赤を基調としたパネルで伝えました。
展示を企画した飯田恭子さん(88)は、「私の左肩に焼夷弾の破片が突き刺さり、今も思うように動かない。防空壕から逃げたら『非国民だ』と言われたこと、残った人は焼け死んだことを今でも覚えている」と話し、「『新しい戦前』と言うが私には『再び』だ。80年間守ってきた平和をこれからも守ってほしい」と力を込めました。
来場した20代の女性は、「富山大空襲を知ってはいたが、その残酷な実態を学べてよかった」と語りました。




















