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魚津市:12月議会-子どもたちへの平和教育の普及 平和守る責務を強調 ほか

カテゴリー: 党・議員(団)ニュース

御塩蔵 歴史的建造物 加賀藩の建物 鬼江川(鴨川)河口右岸に御塩番人の建物跡

 本紙1月号に、岡田龍朗議員の議会報告として「御塩蔵」の記事を掲載したが、所在場所等の質問があったので改めて「御塩蔵」を取り上げた。

 岡田議員が取り上げた『御塩蔵』は、「魚津市の自然と文化財を守る市民の会」が諏訪町の稲垣智恵子さんから得た情報=「稲垣家はかって御塩蔵番をしていた」=を埋没林館長の麻柄一志学芸員、塩田学芸員に伝えたことから、加賀藩時代の建造物が現存しないか調査となったものである。

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 議会答弁によれば、専門家である富山職藝学院の上野幸夫先生の現地調査で次のようなことが分かった。

 江戸時代の建築時期の建物の一部(写真)が残っている。

 市立図書館の江戸時代の絵図(図1)にある加賀藩の御塩蔵の位置と場所が重なる。御塩蔵の一部の可能性が高い。その場所(図2)は諏訪町3区。現在の稲垣さんの建物の位置がほぼ御塩蔵番人の建物の位置に当たる。

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 魚津市内で、加賀藩ゆかりの建物は唯一のものとなる。

 富山県内でも加賀藩の建造物は無いようである。

県教委調査等に「協力をしたい」

 岡田議員は、昨年12月24日、25日、2日間にわたり、富山県に2014年度の予算要望を行った。

 県教育委員会には、魚津市の御塩蔵の調査等に協力を求めた。「要望に応じて協力していきたい」と回答があった。

【12月議会続報】子どもたちへの平和教育の普及 平和守る責務を強調

 岡田龍朗議員は、行政経営方針、御塩蔵、魚津市埋没林博物館と水族博物館の運営、魚津の農漁業の4点を質問した。

 岡田議員は「平和市政を推進するとは、どのようなことを行うのか」と質した。

 澤崎市長は「戦争や原爆の悲惨さを次の世代へ正確に伝え、平和な社会を守り続けることが、重要な責務である。2006年度から、小学生高学年を対象に「戦争と平和のおはなし会」を開催している。子どもたちに命の尊さについて理解を深めてもらうため被爆体験記や富山大空襲などの朗読会も実施している。朗読会に参加した子どもたちは、命の尊さ、平和への思いを強く感じている。これからも、様々な機会をとらえて、子どもたちへの平和教育の普及に努めたい」と答えた。

埋没林館 地中の樹根調査 期待される展示 リニューアルにむけて構想を検討中

水族館皿創立100周年リニューアルの成果 企画の成果を継続へ

 岡田龍朗議員は「埋没林の埋蔵分布調査はどうだったか。その成果を、どう企画展示に活かすのか」と質した。

 麻柄埋没林館長は「地中レーダーなどによる埋没林の分布調査で数か所から反応を得ている。常設展示などのリニューアルを実施するので、構想中である。地中の埋没林の所在だけでなく、かつて巨木の森であった様子やどう森が消滅していったかを、直感的に分かるよう工夫した展示にしたい」と答えた。

 岡田議員は「水族博物館の100周年企画事業は、今後、どう活かすのか」と質した。

 稲村水族館長は「リニューアルオープン後、新規事業が6つ、従前の事業をブラッシュアップしたものが7つの計13事業を行っている。主な事業は、『水族館創立100周年展』、『水族館キトキトー日館長』や『プロカメラマンと自然探検』などを実施した。記念事業は7つ程継続していく予定である」と答えた。

農業 耕作放棄地の解消を 飼料米の作付など模索

 岡田議員は「今年産米品質、飼料米、耕作放棄地等については、どうなのか」と質した。

 四十万産建部長は「2013年度産米は、1等比率が73.6%である。国の農業政策方針では、飼料米の収量に応じた補助金を導入することで、主食米から飼料米への転換を促そうとしている。飼料米は魚津市で9.5ヘクタール作付けされている。需要先は、7割が市内で消費され、3割は全農富山へ委託している。飼料米は、流通経費や販路の問題など不透明な部分が多い状況であることや補助金があるとしても、諸経費を考えると収支はマイナスになることも聞いている。耕作放棄地は、2012年度は約8.5ヘクタールある。補助制度を取り入れて、解消事業に取り組む」と答えた。

水産業 藻場の再生を

 岡田議員は、藻場再生事業や漁礁の成果などを質した。

 紙尾農林水産課長は「2009年度から、魚津港・経田漁港間で藻場再生やアマモの増殖を行い、増えている。魚津市と魚津漁協が主体で漁礁を3基設置している。8月と11月の潜水調査では、小魚が回遊しており、成果がでていると思う」と答えた。

魚津今昔雑話(15)魚津裁判所の存置④ (小津魚拓)

 いかに市長に認識不足の点があろうとも、議長が弱気の姿勢であろうとも、あくまで市長、議長を立て、市長には運動の先頭に立つてもらう。

 だから、市長が行動を起こしてから、革新懇話会が申し入れを行うという点まで気配りしたのである。

 これは葦名と作戦を組んだ時の約束であった。

 清河も魚津裁判所存置について、黒田や高島が指摘した留意点だけでなく、魚津市の『風格』を口にして意義を強調するようになった。

 清河が『風格』を用いるまでは、『魚津民報』の掲載にもこの表現は使っていない。

 3月議会で魚津、黒部、宇奈月、入善、朝日の各議会で最高裁判所に差し出す意見書を満場一致で採択した。

 党独自の運動は、その後になってからである。

 街頭宣伝も行った。ただ、大町校区に限っての宣伝に徹した。「大町から裁判所が無くなる。検察庁も無くなる。これ以上官公庁が無くなることを許してはならない」というものに地域も内容も限定したものであった。

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 日本共産党独自に中沖知事にも要望した。

 橋本敦参院議員に同行してもらい、直接、最高裁判所に魚津裁判所存置を陳情した。

 最高裁判所の事務長に結構高尚なことも述べてきた。

 裁判官や弁護士などには些細と思われる問題でも、一人ひとりの国民にとっては人生を左右する争いごとがある。

 裁判によって解決したいという国民の権利を距離によって奪われてはならない。日本国憲法は、その第32条に「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。」となっていると。

 大町から撤退しなかったというのは裁判所、検察庁だけかも知れない。

 清河は「『魚津市40年の思い出』社会教育叢書4」に「富山地方・家庭裁判所魚津支部の存続について」を寄稿している。興味のある方は、清河のこの『思い出』を読めば、存置の取り組みの概要を知ることができる。清河の文章の行間から、葦名と黒田らの果たした役割も知ってもらうことができると思う。

 「魚津裁判所の存置。これに市長が誠意をもって当たるならば、市長が功成り名遂げたとしても、それはそれで意味もあろう、と取り組んできた。我々は魚津市の風格と魚津市民の『裁判権』を守るために最も身近な司法機関の存置に貢献した。これでいいではないか」。これが、存置が確定した時に交わした葦名と中田の会話である。「魚津が残り、砺波が廃止された」違いはここにあったといえる。

 そこで、中田に、僧ヶ岳県立自然公園の指定でも何か策を弄したことがあったのか、聞いてみることにした。(次号につづく)

横暴な施政方針演説

 「この道しかない。ともにこの道を進んでいこう」、「みんなで頑張れば、必ず実現できる」……。安倍首相の施政方針のことばである。昨年末、数の力で押し通した秘密保護法に反対の世論が急激に広がっているが無視。米軍基地の辺野古移転反対の審判が下ったが「速やかに取り組む」と。

大波小波

 暮れから正月、そして鏡開きも過ぎた13日まで、第92回全国高校サッカー選手権大会のテレビ中継に釘付けにされてしまった▼富山第一高校
のイレブンには誠に失礼だが、初戦から一つとして勝てる相手と思われなかったが「がんばれ!がんばれ!」と応援した。初戦から決勝戦まで、対戦した相手のすべてが強豪チームであったからである▼だが、富山一は戦った一試合、一試合をドラマにしてくれた。ドラマチックに勝ち抜き、次の試合でも、新たなドラマを作った▼プロを思わせるようなプレーが随所にあった。はつらつと考えたプレーが際立った。準決勝は2対2でPK戦となった。このPK戦は専任のゴールキーパーがカットし
て、決勝に進んだ。倶利伽羅峠を挟んだ北陸決戦となった。終盤3分前にカウンター攻撃でゴール。口スタイム、残り1分にPKを得て同点。延長戦を制して全国を制覇▼前半戦に0対2でリードされ、大塚監督は、ハーフタイム中に「完封で勝った。PK戦で勝った。いろんなパターンで勝って決勝戦にきた。まだ逆転での勝利はない」=諦めるなと言っ
て後半戦のピッチに選手たちを送り出したという▼監督が選手に「落ち着け、落ち着け」とジェスチャーを送る。最も落ち着かぬ様子は監督の方であったが、この映像もまたドラマの一部になった。そして大塚監督は言う。「田舎の子でもやれることを証明した」と…。

 

「魚津民報」第473号 2014年2月15日(→こちらをクリックするとpdfで紙面が見れます)

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